電脳展示室
松葉双鶴文鏡(まつばそうかくもんきょう)
平野馬頭塚出土鏡 出土地:平野馬頭塚(ひらのばとうづか)
遺跡所在地:平野(ひらの)
遺構:供養塚
時代:江戸時代前期(17世紀後半期・延宝〜元禄期か)

解説:近世に築かれた出羽三山信仰の供養塚が市内には数多く残ります。塚は方形3段のピラミッド状にに築成されていることが多く、月山・羽黒山・湯殿山の三山にみたてたものとも考えられています。この鏡は、平野馬頭塚と呼ばれる、底辺が20m弱で高さ約4mの塚の中央部最下層に埋納されていました。塚の発掘調査を行って最後の最後で出土したものです。その出土状況から、塚築造の最初に、中央部で執り行われたいわゆる地鎮祭において、奉納されたものと考えることができます。大量の寛永通宝と数珠玉と共に、木製の鏡箱に鏡面を上向きに納められ、埋められていました。
 直径10.8cmで、重さ296.2gです。柄鏡のように柄はなく、鈕に紐を通す古いタイプです。厚みのある直角縁で、鈕部分は亀です。2羽の鶴と亀はクチバシを接してキスしています。波の表現もありますのでシチュエーション的には浜辺の松が生い茂る下でしょう。中央上には桐の紋、右下に「天下一」の文字がみえます。作者銘はありません。当時のおめでたいものが集合し凝縮された逸品ですが、実は江戸時代全般にわたって多くつくられ流通していた文様構成です。今も古物商をのぞくとちらほらみることができますが、そんななかでもこの鏡は彫が深めで出来は良いものと言えます。江戸時代でも鏡が大衆化する前の時期です。市内に出羽三山信仰がひろまり始めた時期でもあります。その呪力を期待され、地鎮祭の主役という大役を担ったのです。
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