新発見資料の紹介
諏訪台古墳群

象嵌装大刀
(ぞうがんそうたち)

諏訪台古墳群出土銀象嵌装大刀鍔
国分寺台出土の大刀の鍔(つば)に
象嵌文様が!

保存処理が終わり、本センターにて展示中
山王山古墳出土銀装環頭大刀(レプリカ)と展示変えしました)


X線写真に浮かび上がる象嵌文様

 この鉄刀は、国分寺台地区の諏訪台古墳群から、昭和61年(1986)に見つかりました。
 見つかった場所は現在の諏訪1丁目3のあたりです。
 遺跡から発掘された遺物のうち、金属製品や木製品はそのまま放置しておくと劣化が進み、最悪の場合は崩壊して資料としての価値が無くなってしまいます。
 そこで鉄製品の場合は、出土後できるだけ早く、脱塩したり、樹脂を含浸したりして劣化を食い止める必要があります。
 昨年、この大刀も出土してから25年たち、傷みがひどくなってきたので保存処理をすることになり、事前にX線写真を撮ったところ、鍔の部分から象嵌文様が浮かびあがってきました。
 そこで今回の保存処理のなかで、表面を覆っていた錆を慎重に取り除き、象嵌文様を直接見ることができるようにしました。
諏訪台古墳群大刀 保存処理前
1 保存処理する前の大刀の状態
 手前の卵形のかたまりが鍔。錆に覆われて象嵌は見えない。
象嵌文様はしぶい?
 象嵌(ぞうがん)は鉄などの地金の表面に鏨(たがね)で文字や文様を彫り、その溝に金や銀など別の素材を嵌めこんで研ぎ出し、文様などを浮き出させる技法です。
 文字と文様の違いはあれ、「王賜」銘鉄剣の銘文と同じ技法です。象嵌の素材が金を含んだ銀である点でも似ています。
 しかし磨いた直後は鉄自体が銀色に光っているので、銀象嵌文様はあまり目立たなかったかもしれません。金具全体が金色に輝く金銅装(こんどうそう)にくらべるとしぶい装飾技法といえるでしょう。
諏訪台古墳群大刀 X線写真
2 X線写真に浮かびあがった象嵌文様
 鍔が少し傾いた状態で撮ったので、鍔の両面の縁に並んだ円形文が少しずつずれて写っている。
 右端には柄(つか)の目釘(めくぎ)が見える。その右隣に貫通していないもう一つの目釘穴が見える。
群中央の円墳から出土
 大刀の見つかった諏訪台は330基あまりの古墳と方形周溝墓が密集する弥生・古墳時代の一大墓域です。
 南方と西方に開け、はるかに養老川の沖積平野と海上潟を望むことができます。
 大刀は台地南縁のほぼ中央に位置する6世紀後半以降に造られたと推定される直径19mあまりの円墳から出土しました。
諏訪台古墳群全体図
3 諏訪台古墳群  赤丸が出土古墳

小振りだが死者生前の愛刀か
 この古墳には墳丘の裾に埋葬施設が二つあり、大刀は南裾の方から出土しました。幅2m、長さ4.5mあまりの穴の中央に長さ3mあまりの木棺(ひつぎ)が埋められていたようです。
 死者は頭を東に向けていたらしく、体の左脇に沿って2振の大刀を縦に並べ、その間に刀子(ナイフ)1枚、鉄族(弓矢の先端)7本が置かれていました。
 頭に近い方に置かれていた象嵌装大刀は、被葬者が生前に大切にしていた愛刀なのでしょうか。
 大刀は中茎(なかご)を含めた全長が51cm、刀身部分の長さ約44cm、幅2.6cm、厚さ5.4mmの比較的小振りな大刀です。後世の脇差(わきざし)くらいの大きさです。
大刀の錆の除去作業
4 縁の錆を慎重に除去しているところ。

鉄製の鍔を飾る銀の連珠文

 鍔は下にすぼまる倒卵形をしていて、現状で長径5.3cm、短径4.2cm、厚さ4.5mmの大きさです。
 大きなひび割れが入って変形しているため実際は5cm×4cmくらいだったのでしょう。
 鍔の表裏面の外周に沿って直径4mm前後の円形文が表面(刀身側)に14個、裏面(柄側)に16個めぐっています。
 実際はほとんどが楕円形ですが連珠文と呼ぶべきでしょう。
 側面の象嵌はほとんど脱落し、片側にのみ5個所残っていました。半円形文を交互に向きを変えて配していたようです。
 象嵌は幅約0.4mmの銀線です。
 金と銅を2パーセントずつ含み、こころなしか金色を帯びているようです。
象嵌の発見
5 裏面(柄側)の象嵌が見えてきました

東国人好みの飾り大刀?市内では4例目

 象嵌装大刀は、鍔(つば)や?(はばき)、柄頭(つかがしら)などの金具に、おもに心葉文や渦巻き文などの銀象嵌文様を施した飾り大刀です。
 おもに東国を中心とする古墳時代後期(6から7世紀)の古墳から150振り以上出土し、県内からも26振り出土しています。
 東国人好みの大刀だったのでしょうか。市内では4例目の出土です。
 こうした飾り大刀は数が少なく、一種のステイタスシンボルとしての役割をはたしていたと考えられています。
 出土する古墳の立地や大きさから考えると、その地域でも国造クラス(後の郡司)より下位の豪族が身につけていたようです。

整理が進むと、なにが出てくるかわからない
 「王賜」銘鉄剣発見の時と同様、象嵌文様は錆に覆われていて肉眼では見えないため、X線写真で初めてその存在が判明します。
 この大刀の場合は、出土後間もなくX線写真を撮っていましたが、その時は鍔を垂直に撮影していたので象嵌には気付きませんでした。
 今回不幸にして劣化が進み、鍔の付いた部分が折れて断片になっていたため、傾けて撮影することが可能となり、象嵌文様を捉えることができたのは皮肉です。
 国分寺台地区の遺跡群については、現在本格的な整理作業が進められているところです。
 その過程で、今後もどんなものがでてくるかわかりません。
 遺跡の発掘調査は、現場での調査だけでなく、その後の整理・報告作業がいかに大切かを物語っています。
 今回の象嵌装大刀の調査や象嵌表出については、国立歴史民俗博物館の永嶋正春先生のご指導とご協力をいただきました。
諏訪台大刀 処理前
6 処理前の大刀(上)
諏訪台大刀 処理後
7 処理後の大刀(上)

象嵌表出前
大刀鍔 X線写真 大刀鍔 柄側
8 X線写真では表裏の象嵌文様が重なって見える。 9 裏面(柄側)

象嵌表出後
大刀鍔 刀身側 大刀鍔 柄側
10 表面(刀身側) 11 裏面(柄側)
大刀鍔 側面
12 側面