菅原孝標の女の更級いちはら紀行

私も歩んだ?足下に眠る平安の夢路
上総の東海道

菅原孝標の女、市原を旅する みなさん、こんにちは! 今回は平安いちはらの古道をたどります。

千年ぶりの市原、すっごく変わりましたね。あの海岸風景をもう一度眺めたくて、市原台地に登ってみたのですが、なんと目の前に万里の長城が!さすがは兵乱多き坂東ですねえ。
ああ、あれは「館山自動車道」。城壁じゃなくて自動車専用道路なのよ。
いやはや。現代交通状況の凄まじきこと、限りありませんね。
その陰にひっそり生き残る古来のルートを見つけましたので、探訪したいと思います。
私のころと多少は変わりましたが、平安いちはらを偲ばせてくれそうです。それでは、いざ。
市原の平安古道推定図
市原市域の古代道想定図
 上の図を見てください。メインルート推定候補のひとつとされる線を赤で示しました。これに対しオレンジラインも古いルートで、こちらがメインの可能性もあり、断定できませんが、本コーナーでは仮に主要道や支道と捉えておきます。
 メインルートは、武蔵国の東海道本道から分岐し、東京湾岸に沿って上総まで延びてきたものと考えられます。仮に古道1(赤)がメインだとすれば、古道2は上総国府に向かう引き込み線を兼ねていたのかもしれません。実際に古道2は、市原台地に展開する上総国分僧寺尼寺稲荷台遺跡などの重要遺跡群につながっていきます。
 今後の予定として、まずは古道1(赤)をたどってみたいと思います。
ちなみに上図の神社は、古代から信仰を集めた由緒あるものです。なかでも島穴神社と姉ア神社は、延長5年(927)にまとめられた官社事典、『延喜式』神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)に記載され、「式内社」(しきないしゃ)と呼ばれています。
 この二社は官社ですから、毎年2月の祈年祭では、国司が幣帛を奉っていました。父孝標も公務で参拝する機会があったんじゃないかしら。
菅原孝標
菅原孝標の女・なるみちゃん
郡本遺跡群 上総国分僧寺跡 上総国分尼寺跡 郡本遺跡群 村上遺跡群 準備中 準備中 準備中