いちはら学
70/123

平成通り国道号館山道0297至辰巳台⃝市原地区600年の時を継ぐ柳やなぎ楯だて神しん事じが伝わる歴史ロマンあふれる市原エリア。台地の突とっ端たんに位置するこの地は、行ぎょう基き伝説や多くの石造物が伝わり、古代から多くの人が行き交う市原発はっ祥しょうの地です。また、有力な上総国府推定地としても注目されています。光こう善ぜん寺じさん室町時代の薬師三け家250mやなぎ だて しん  じかい こく く よう とうかずさ こく ふ すい てい ちご しょ し たん だあ す は じん じゃうば じん じゃろくじゅう ろく ぶ かい こく ぎょう じゃば とうかんのんこうしんとうこう ぜん じひ の みや じん じゃこ さん のう しょう しどう そ じんほう しゃく じ標柱のある歴史遺産主な歴史遺産等公共施設等推奨ルート古代道路跡(推定含む)未舗装道路要谷【凡例】五所四反田遺跡五所四反田遺跡五所四反田遺跡市原城の縄張り図姥神社創建期瓦(7 世紀末)廻国供養塔(光善寺前)柳楯を調製する司家平城京系瓦(8 世紀中頃)総距離 約2.4㎞(移動時間のみで約72分)馬頭観音像(山木)光善寺(昭和 29 年)IC-03阿須波神社阿須波神社五所四反田遺跡五所小学校柳楯神事<県指定無形民俗文化財>毎年旧暦の 8 月 15 日に近い日曜日、飯香岡八幡宮の秋季大祭の中心的神事で、南北朝時代から続くとされます。現在の神輿の原型、神送りの特殊な形態と考えられています。市原の司家が調製し、古代道を経て五所、飯香岡八幡宮へと巡行します。廻国供養塔全国66か国を巡礼し、満願成就を願って法華経を一部ずつ納める六十六部廻国行者にまつわる供養塔。満願成就を記念したものや、道半ばで死没し供養したものなどがあります。コンビニ「山木入口」「市原坂下」鮮魚店「市原坂上」「玉泉幼稚園入口」山木三叉路馬頭観音像廻国供養塔日埜宮神社297小山王小祠道祖神宝積寺宝積寺コンビニ馬頭観音像光善寺石灯籠いちはらフィールドマップIC-07庚申塔庚申塔IC-06市原城跡市原城跡IC-05光善寺光善寺IC-02八幡神社八幡神社廻国供養塔IC-01光善寺廃寺出土の軒丸瓦上総国府推定地光善寺周辺では、国分寺造営以前に導入された平城京系の古瓦が発見されるほか、大型の掘立柱建物跡も見つかっており、国府と深く関わる役所や寺の重要施設があったと考えられています。297柳楯が古代道を行く古代道路跡古代道路跡IC-04阿須波神社 万葉歌碑姥神社六十六部廻国行者市原地区フィールドマップはん飯せき石ぞん尊ゴールスタートいし像、県内最古の石ろう籠よう世紀前半)があります。境内に置かれた影ばく(麦したとの伝説があります。どう灯(15せきごう向石)には行基の説法を聞きに八幡神が降臨68市原柳楯神事飯香岡八幡宮の秋季大祭の中心神事で、柳楯つかさが製作は市原地区で用意されます。当地の司した柳楯を八幡神社に運んで参拝し、五所を経て、飯香岡八幡宮に移されます。

元のページ  ../index.html#70

このブックを見る