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第二次世界大戦における市原市への空襲について

更新日:2018年3月29日

要旨

第二次世界大戦中に市原への空襲はあったのか。あったのなら、どこだったのか教えて欲しい。

回答内容

市原市史によれば、千葉県はB29の戦略爆撃、艦載機の飛行経路にあったため、空襲目的地までの往復に爆撃を加えられたので、他府県に比べその回数は多く被害も多かったようです。例えば、牛久国民学校の「学校日誌」による記録では、昭和19(1944)年9月から昭和20(1945)年8月までの間、警戒警報236回、空襲警報81回、発令日数は161回に及んでいます。
市原での被害としては、昭和20年5月8日、アメリカ戦闘機による空襲で、川在分校に通っていた3名の4年生が死亡、11名の学童が重症を負った記録があります。昭和29(1954)年に、川在分校にこれを記した「殉難の碑」が建てられました(現在は養老小学校に移築)。
市原市の空襲をまとめた書物は見当たりませんでしたが、千葉市をまとめたものはあり、この中に市原市の八幡などの様子が若干記されています。
詳細につきましては、以下を御参照ください(市原市中央図書館に所蔵されています)。
・市原市教育委員会「第二章近代市原の発展第四項決戦下の生活」『市原市史(下巻)』昭和57(1982)年
・千葉市空襲を記録する会『千葉市空襲の記録』昭和55(1980)年

お問い合わせ
生涯学習部ふるさと文化課
電話番号0436-23-9853

お問い合わせ先

企画部 広聴相談課
市原市国分寺台中央1丁目1番地1 第2庁舎1階
電話:0436-23-9706 ファクス:0436-23-9707

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