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編集後記 |
特集・言葉はハート
[その1] [その2] [その3]
「多くの言葉はいらない。心のこもった言葉が一つあればいい」
養老川のほとりで大地とともに生きてきた農民作家、遠藤あきさんが、
見つめ続けてきたのは、言葉の大切さとあたたかいハートです。
「アッコオバチャン、カエッテキタ」
アッコオバチャンが外出から帰って玄関のドアを開けると、かわいい声が飛んでくる。
「ただいま」と答えると、
「ピースケチャン、オリコウ」という。
「そうね、おりこうね」
「オバチャンモオリコウ」
「ありがとう」
ピースケは、セキセイインコなのである。子供のいないアッコオバチャン夫婦は、大の動物好きで四年ほど前からセキセイインコを飼っている。飼うというより家族の一員として一緒に暮らしているといっていい。
家族同様なので何かにつけて話しかける。
「今日はお留守番よ。お医者さんに行くの」
「オバチャン、アシイタイ」
「痛くないわよ」
「ピースケチャン、アシイタクナイ」
「おりこうにしててね」
ピースケは本当の子供のように話しかけてくるのである。こうして話す人間の言葉はピースケにとって囀(さえず)りの延長なのであろうか、それともただの模倣のくりかえしで覚えた発音なのだろうか。オリコウという言葉を記憶してオバチャンという主語をつける。時にはピースケノオジチャンと置きかえることもある。断片的な言葉の記憶をつなぎ合わせて一つの熟語をつくっているのである。
このごろ思うのだが、人間は地球のすべてを自分のものと考えているように思えてならない。そうして自分らだけが、言葉を持っているとも。しかし、ふと立ち止まって考えるとき、人間同士は人間語で話し合っているわけだが、それは人間と人間の意志疎通である。それが、すべてであると思うのは、傲慢ではなかろうか。馬はお互いに馬語で話し合っているかもしれないのだ。私たちに分からないだけで馬と馬の意志は通じ合っているのかもしれない。トマトだって一つの場所からの移動は自分の力でできないからといって、それなりの意思表示をする能力があると思って差し支えない。人間の聴覚能力を超える波長を出す音波〜言葉なのだ。
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