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平成17年度以前の指定文化財

更新日:2016年5月6日

 ここでは、平成17年度以前に指定された文化財について紹介します。

木造十一面観音菩薩立像

 木造十一面観音菩薩立像は、平成7年3月7日付けで市の指定文化財(彫刻)に指定されましたが、その後県指定とするに相応しいと判断され、平成28年3月4日付けで千葉県指定文化財(彫刻)に指定されました。

保存者・保持団体(所在地)

長栄寺(宿223)

概要

 内田小学校の向かい側、房総横断道路を見おろす高台に、長栄寺(ちょうえいじ)があります。急な石段を登った目の前に現れるお堂には、鎌倉時代に作られた十一面観音(かんのん)像が安置されています。十一面観音菩薩は、その頭上に怒りや笑顔を表現した顔が巡る特異な姿ですが、すべての方向の人々を見守り、救うことのできる大きな力を持つ菩薩です。本像は、像高の159センチという大きさよりも(たくま)しくみえる堂々たる立ち姿で、カヤ材を用いた一木割矧造(いちぼくわりはぎづくり)です。
 像の内面に、多くの墨書文字が記されていました。その文面には、この観音像は、文永(ぶんえい)元年(1264年)の夏、仏師賢光が長谷寺(はせでら)の十一面観音像を模して、矢口村(現下矢田(しもやた))の天気寺(現状未詳)に置くために作った5尺の等身像であることが記されています。
 仏師の賢光は、千葉県内において1256年から三十数年に渡って活躍し、10体ほどの仏像彫刻が現存するという、稀有な仏師です。現存する鎌倉時代の仏像は、あまり多く残っていないという現状において、さらに、制作者のわかる仏像自体は極めて限られます。そのなかで、仏師賢光の活躍がわかる資料は重要です。千葉市の天福寺の十一面観音像(1256)、匝瑳市の長徳寺不動明王像(1257)に次ぐ3番目に古いもので、次第に洗練されてきた彫技の力強さをみてとれる力作であり、仏師賢光の意欲作です。
 長谷寺(奈良県桜井市)の巨大な十一面観音菩薩立像は、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)持物(じもつ)である錫杖(しゃくじょう)を手にとり、岩座の上にそびえ立ちます。賢光も、長谷寺の十一面観音のように、観音の慈悲と地蔵の徳を兼ね備えた姿で、人々の大きな期待と願いを受け止められるよう、彫り上げたのでしょう。
 観音像は丑年と午年の秋にご開帳されます。
 


木造十一面観音菩薩立像(長栄寺)


十一面観音像胎内墨書銘 「文永元年」「賢光」と記されている

西願寺阿弥陀堂

大正5年24日指定された国指定重要文化財(建造物)

保持者・保存団体(所在地)

宗教法人西願寺(平蔵)

概要

 西願寺阿弥陀堂は、寺伝によれば、平蔵城(へいぞうじょう)の表鬼門に位置する場所に領主土橋平蔵(どばしへいぞう)が発願し建立したといわれています。建立当初は堂の上部に金箔が施され、燦然と輝いていたことから、「平蔵の光堂」と呼ばれていたと伝えられます。
 屋根は茅葺屋根の寄棟造(よせむねづくり)であり、正面・側面ともに3間のいわゆる三間堂です。千葉県内には、この西願寺阿弥陀堂をはじめ、印西市の栄福寺薬師堂や宝珠院観音堂、市原市吉沢の鳳来寺(ほうらいじ)観音堂など、同様の形式で国指定文化財に指定された三間堂が5軒あります。
 なかでも西願寺阿弥陀堂は、本格的な禅宗様(ぜんしゅうよう)の建築技法が用いられています。軒は二軒扇垂木(おうぎだるぎ)で軒の出が深く、それを支える組み物は、三手先組(みてさきぐみ)詰組(つめぐみ)です。詰組とは、和建築の場合に柱の上部のみにある組物が、柱間にも詰めて施されるものです。そのため、組物の数が多くなり、その組物に尻尾のように突き出た尾垂木(おだるぎ)とともに、華やかな造形美を感じさせる軒下になります。
 禅宗様建築の代表作に鎌倉の円覚寺舎利殿(えんがくじしゃりでん)がありますが、西願寺の組物は円覚寺舎利殿のそれに近似しています。昭和2年に実施された西願寺阿弥陀堂の解体修理の際に、部材に書かれた墨書が発見されました。明応4年7月5日に書かれたその墨書には、鎌倉の住人である大工名人の二郎と三郎らによって建立されたことが記されていました。その墨書は、円覚寺舎利殿との組物の類似とともに、当時の技術交流を物語っています。
 また、堂内の厨子(ずし)は、屋根は入母屋(いりもや)造りの本瓦形板葺きですが、組物は三手先詰組、二重扇垂木が用いられており、阿弥陀堂創建当時に作られたものとみられることから、阿弥陀堂に()けたりとして指定されています。


西願寺阿弥陀堂


西願寺阿弥陀堂軒下 禅宗様建築の組物と垂木が美しい 

大塚ばやし

大塚ばやしは、昭和45年1月30日に県指定文化財(無形民俗)になりました。

保存者・保持団体(所在地)

大塚ばやし保存会(海保)

概要

 市原市周辺は江戸時代から出羽三山信仰が盛んで、海保地区の人々も現在の山形県にある羽黒山などに登拝していました。羽黒山、月山、湯殿山に詣でることは、三山詣でとよばれ、多くの登拝者を集めていました。村の男が三山詣でから初めて無事帰還すると、「行人」と呼ばれるようになり、その証として剣梵天という護符をもらいます。海保地区では、村の者が持つ剣梵天が増えてくると、およそ20年ごとに1度の割合で「梵天納め」という行事が行われていました。梵天納めの日に、山車をひいて練り歩き、その山車の上で演じられていたのが大塚ばやしです。神田ばやしの系統の曲目ですが、大太鼓1、小太鼓2、笛1、鉦1の構成で、太鼓の動作が大きく派手なのが特徴です。お囃子は、壮麗さや技法を互いに競い合い、それはにぎやかだったと言われています。
 ところで、梵天が納められ、大塚ばやしが奉納されたのは、海保地区の丘陵突端にあった「大塚」とよばれる場所でした。実はここは、姉崎古墳群の1つで、海保大塚と呼ばれる直径約60メートルの円墳で、古墳時代に造られたものです。下段が六角形、上段が方形をした墳形であることから、近世には、古墳のかたちを造り替え、出羽三山を祀る三山塚として、信仰の舞台に使われたと考えられています。
 盛大だった大塚の梵天納めも、大正10年を最後に途絶え、大塚ばやしも自然消滅の危機にありましたが、戦後間もなく囃子連ができ、その後保存会が整えられて、現在は海保神社の祭礼日などで定期的に演じられ、かつての出羽三山信仰の興隆を今に伝えています。

木造千手観音菩薩坐像

木造千手観音菩薩坐像は、平成9年3月31日に市指定文化財(彫刻)になりました。

保持者・保存団体(所在地)

森巖寺(海保686)

概要

 ヒノキ材の寄木造りで、像高32.8cmの仏像です。海保の森巖寺の秘仏本尊として、普段は見ることはできません。14世紀初め頃の作で、11の顔と42の腕を持つ市内最古も千手観音像です。1尺あまりの小ぶりの像ですが、膝前の衣の裾を賑やかに波打たせる装飾性や、少し猫背となり膝高となる姿には、当時流行した宋風文化の特徴がみられます。また、目尻を鋭く上げるまなざしなど、生々しい表情をみせる写実的な表現には、運慶・快慶に代表される慶派と呼ばれる仏師集団の作風の影響を見ることができます。
 千手観音は、十一面観音と同様に頭上に多面を持ち、千の手と千の目を持つことを特徴とします。「千」は無限を意味するもので、救済する力や手段を持つ仏だと考えられています。実際に千の手を持つ仏像もありますが、合掌する2本の手の他に左右に左右に20本ずつの「脇手」を持ち、計42本の姿をしているものが一般的です。人の死後、輪廻転生する天上界から地獄までの世界は25に分けられるといわれ、脇手はそれぞれこの25の世界を救うとされます。また、千手観音は、脇手にさまざまな「持物」を持ち、あらゆる手段で人々を救おうとする観音の役割を具体的に見ることができます。
 森巖寺の千手観音菩薩坐像は、この特徴をよく表し、小さいながらもその存在感は、見る者を魅了し、時を超えて篤く信仰されています。


木造千手観音菩薩坐像

飯香岡八幡宮本殿

飯香岡八幡宮本殿は、昭和29年9月17日に国指定文化財(建造物)になりました。

保存者・保持団体(所在地)

飯香岡八幡宮(八幡1057-1)

概要

 飯香岡八幡宮は「一国一社の国府八幡宮」あるいは「国府総社」とも目される由緒ある古社です。社殿は本殿・幣殿(へいでん)・拝殿の順に並ぶ権現造(ごんげんづく)りで構成されています。本殿は最も重要な建物で通常は中に入ることはできません。
 正面3間、側面2間の、総丹塗(そうにぬ)りや銅版(ぶき)の屋根が印象的な入母屋造(いりもやづく)りで、太い木組や組物・彫刻・面取り角柱などの部材は力強く簡素で、室町時代後期の特色を示しています。県内の神社建築において重要文化財に指定されているのは、香取神宮の本殿と本社の本殿のみです。昭和40年代の修理以来約50年経ち、随所に傷みが目立ち始めたため、平成24年度から25年度にかけて修繕工事を行ない、往時の姿が蘇りました。大棟に配された菊と桐の紋章が燦然と輝いています。


飯香岡八幡宮本殿

飯香岡八幡宮拝殿

飯香岡八幡宮拝殿は、昭和41年5月20日に県指定文化財(建造物)になりました。

保存者・保持団体(所在地)

飯香岡八幡宮(八幡1057-1)

概要

正面5間、側面3間の身舎(もや)梁間(はりま)3間の向拝(ごはい)(ひさし)がつきます。本殿と同様に総丹塗りで、屋根は銅板葺きの入母屋造りで、正面に唐破風(からはふ)千鳥破風(ちどりはふ)がついています。
 細い木組、彩色された海老虹梁(えびこうりょう)、木鼻、蟇股(かえるまた)内彫刻など、本殿に比べて華麗で装飾性に富み、建築年代の差が見て取れます。現在の建物は、墨書銘(ぼくしょめい)によって元禄四年(1691)に再建されたことがわかっています。
 本殿同様、前回の修理から50年近く経て、部材の痛みや塗料の剥落、褪色が進行したことから、平成26年度から27年度にかけて補修工事を行ないました。建物の所々に配された彫刻の数々もかつての色鮮やかな姿に戻りました。


飯香岡八幡宮拝殿

飯香岡八幡宮の夫婦銀杏(めおといちょう)

飯香岡八幡宮の夫婦銀杏は、昭和10年7月12日に県指定文化財(天然記念物)になりました。

保存者・保持団体(所在地)

飯香岡八幡宮(八幡1057-1)

概要

 樹高16m、胸高周囲7.6mを計ります。地上2.8mのところから幹が二股に分かれて、相対しているところから夫婦銀杏の名が付けられたといわれていますが、雄株(おかぶ)雌株(めかぶ)の2本の樹が合着した極めて珍しい事例であるので夫婦銀杏といわれるとする説もあります。
 この夫婦銀杏は、「千葉県の巨樹・古木200選」にも選ばれています。
 江戸時代には、この樹木の存在は江戸まで伝わっていたようで、文化14年(1817)に絵手本として出版された、葛飾(かつしか)北斎(ほくさい)の「北斎漫画(ほくさいまんが) 七編」に「上総 八幡の銀杏」として掲載されているのが、この夫婦銀杏だといわれています。その版画は樹の幹の中に小さな夫婦がいて、男性2人が木によじのぼって、その夫婦をのぞきこもうとしている様が描かれています。


飯香岡八幡宮の夫婦銀杏

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生涯学習部 ふるさと文化課
市原市国分寺台中央1丁目1番地1 第2庁舎2階
電話:0436-23-9853 ファクス:0436-24-3005

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